【主に会うまでは】
  ルカよる福音書2章21~40節         

 前日から泊っていた牧師NKさんといっしょに千鳥ヶ淵戦没者墓園の「平和祈祷会」に出席した。その後、靖国神社の周りを散歩することにした。地方からバスを連ねてきた参拝者、おびただしい警官が神社の周りにいた。若いカップルの多いのにも驚いた。その後、「昭和館」に行くと、時間が早かったにもかかわらず入館することが出来た。その展示物からは、戦中の大変(戦火)の中をどのようにくぐりぬけたのかは、伝わったが、加害者という視点が欠けていると思った。NKさんと別れてから、神保町に行った。そして子どもの本の専門店に入り、一冊の本が目にとまり、手に取り読んだ。その本は今尚、医師として臨床に携わり、特に内部被曝者に対する適切なアドバイスと治療をしている肥田舜太郎さんが、少年少女に向けて書かれた『被爆医師のヒロシマ-21世紀を生きる君たちに-』である。老いて尚、自分の役割が与えられ、それに邁進できると言うことはすばらしい。また敬虔な信仰者であるヘルマン・ホイヴェルス神父の「最上のわざ」を読むと感動する。 

  21節には、イエスが八日目に割礼を受け、名をイエスと名付けたと記されている。1章59節には、バプテスマのヨハネが割礼を受けたこと、同30節には、天使がイエスと名付けなさいと言ったと記されている。女性の汚れの期間(レビ記12章参照)、を経て、マリアは、神殿に詣でる資格が与えられ、ヨセフと共に神殿に詣でる。そして、そこでその子を神に捧げるしるしとして、民数記18章16節の記述に従って、今の貨幣に換算すると、およそ13万円となる。このような高額の献金を感謝献金として献げた上、犠牲獣を献げた。貧しかったヨセフとマリアたちにとってこのことがどれほどの痛みであったのか、想像することは出来る。このようにして、神殿に行ったとき、シメオンという人に出会う。彼のことをルカはこのように報告する。「正しい人で信仰篤く、イスラエルが慰められるのを望んでいた。聖霊が彼にとどまった。老いたザカリアとエリサベトが聖霊に満たされたようにまたシメオンも聖霊に満たされる。」そしてイエスを見るやその子を腕に抱き寄せて両親とイエスを祝福する。

 老いると言うことは、マイナスのように私たちは考えてしまう。なぜなら、コヘレトの言葉の12章3~11節の言葉で言い表されているように「失う」からだ。しかし、そうではない。わたしは、老いることは、「年輪」を重ねることであると考える。年輪を重ねることそれ自体が重要である。イエスは、最初にルカによれば、卑賤というレッテルを貼られた羊飼いにそしてシメオンとアンナのところに赤ん坊としてあらわれ、彼らは救いを得る。「主に会うまでは」、シメオンはその祝福の言葉によって支えられる。そして私たちもこの言葉の意味を心に留め、十字架と復活・再臨(来臨)の中間時を生きる者として、主の招きに答え、主を心から受け入れる準備をしたいと願っている。

 主がいつ来られるのかは、私たちにはわからない。それを神話として受け止めることも出来る。けれども、わたしが宣教でいつもいうことだが、私たちは二つの終末を常に意識して生きねばならない。すなわち、死に向かって生きている私たち、いや生かされている私たちには、いのちの終わりがやがておとずれると言うこと、そのことが新しい生のはじまりと信じて生きる。またイエスの来臨を恵みとして生きる。このような信仰に立つ時、私たちもまたシメオンの様にイスラエルが慰められるのを待ち望む者として生きることが出来るのではなかろうか。