2018年 9月               95年目に思う

                                 堀切教会牧師 真鍋孝幸
 環境破壊の影響なのだろうか。地球温暖化が進み、海水温度が上がり、水蒸気によって積乱雲が発生し、豪雨災害が今年の夏は大きな被害をもたらした。

 暦の上では立秋に入ってからも連日、猛暑日が続き「熱中症」にならないためには今もエアコンの使用が不可欠となっている。

 わたしたちは今回まざまざと「豪雨災害」がいかに凄まじいものであるのかを知らされた。自然災害は甚大な被害をもたらす。そのような中で最も甚大な被害をもたらすのが地震であろう。

 関東大震災(1923年9月1日)から95年を迎える。記録によれば、死者不明14万2807人、全壊焼失57万5394戸とある。その被害者の中で、流言飛語で少なくとも3000人以上の「在日朝鮮人」、500人以上の「在日中国人」が虐殺された。

 殺したのは殺人鬼ではない。戒厳令の中で、普通の生活、善良な生活を送っていた人たちによって組織された「自警団」の人たちが「在日」朝鮮・中国の人たちを虐殺したのである。

 それから2年後には「治安維持法」が公布された。吉野作造はデモクラシーを民本(民主)主義とし、それによって大正デモクラシー運動(1878~1933年)は展開されたが、それはあくまでも「国体護持」の範疇であった。

アナキスト大杉 栄は、9月16日、パートナーの伊藤野枝、甥の少年らが甘粕正彦憲兵大尉らによって拉致され、憲兵所で殺害された。その後、甘粕正彦大尉は軍法会議で懲役10年の判決を受けるが、3年後には釈放され、満州で強権(暴力)を振るい、多くの中国人を苦しめた。

 一見すると関東大震災と治安維持法は関係ないように見える。しかし、未曾有の自然災害で、パニックになった住民が「井戸に毒を投げ込んだ」というデマを信じ込み「自警団」と「軍隊」が大量虐殺を行ったということを考えるとき、もしも同様な甚大な被害が首都東京を襲ったとき、同じような光景がないとは言えないと、わたしはヘイトスピーチ、ヘイトクライムで苦しめられている人たちのことを考えると、それは全くの思い過ごしであるとは言えないと思うのである。

 ヘイトスピーチを行うのはいわゆるカウンターと呼ばれる人たちだが、それに同調し、支持しているネット右翼といわれる人たちの裾野はわたしたちが考えるよりも広い。ある研究者によれば、派遣労働者のようなやり場のない怒りがその動機だとは言えず、インターネット、フェイスブック、ツィッターなどのSNSによって、もたらされた情報で「南京虐殺」はなかった。あれはでっち上げだ。慰安婦は商売人であり、国家レイプのような蛮行は行わなかった。日本人がそんなことをするはずはない。とそれらの情報を信じる人たちは、若者や主婦層の心を動かし、「美しいニッポン」という言葉を鵜呑みにして、「在日」の人たちに参政権を与えるなどとんでもないこと、韓国にある「少女像」や「強制労働者像」などの撤去は当たり前だとその人たちは考える。

 災害時の助け合い、支え合いは当然だが、それが戦前の「となりぐみ」のような共同体となり、自分たちと考え方の違うものは受け入れない。村八分にするようなことはあってはならない。しかし、あの関東大震災の時は、「在日」の人たちだけではなく、社会主義者、労働者も虐殺されたといわれている。これが事実であれば、戦前の「国体護持」という中で民本(民主)主義が唱えられたことを考えると、改(壊)憲が進めば同じような悲劇がくり返されるようなことは決してあってはならない。

 しかし、その足音が近づいていると感じているのはわたしだけではあるまい。

 「いちばん小さくされている人たちがないがしろにされる社会は平和(シャローム)ではない」という聖書の水脈からのメッセージを心に刻みたい。